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人類は近代という時代の発展の中で「私」というものを強く感じる意識的な自我を獲得してきましたが、一方でまさしくこの新しい自我、ともすればあまりに自分自身を感じすぎる自我が亜種を生み出しました。今でも左傾的思考に親和力を持っている感じやすい人は----知的で利口な人が多いようです----、自分自身の感じすぎる自我のその腫れ物に触るような痛みの原因を自分の外に「自我を抑圧する外部圧力」として抽象化して感じることを好むようです。「そのような利己的な魂」を抱きながら、歴史的に彼らは国民の煽動者となって世界に散っていきました。新しい自我意識の獲得が始まった極東日本の若者たちの中にもひりひりする自我の原因を「自分の外部」 にみいだす一群が現れたのでした。その自我感覚、その情念は、子どものはしかのように、順次、世界を右回りで移動していきました。人類は誰でもその自我の病気を体験しなければなりません。そして今、その自我の病を、新たに西方アジアやアフリカの人々が体験している最中なのです。 以下の図は、その自我の病が世界をどのように移動しているかを描いたイメージ図です。

img002.jpg

 

 

 

 

アメリカは近代前半のヨーロッパの混乱を静める助太刀人としてヨーロッパ戦線に参戦する口実を得るためにも日本と激突する必要が、すなわち日本に喧嘩をふっかけてもらう必要がありました。日本がヨーロッパを荒し回るドイツの同盟国だったからです。しかし一方で、日本がアジア地域に軍事的に侵攻し、 長年に渡るヨーロッパ人による植民地支配の根っこを叩き潰すことができるようなきっかけを得るためにも、日本自身もまたアメリカに喧嘩をふっかけてもらわなければならなかったのです。(左翼系の人はこういう語り方をすると、「日本がそんな意図を持っていたなんて嘘だ」と反論します。けれどもそのような人も、近代の精神分析学が提示する、人間の日常的自己意識には説明不能な行動を促す無意識領域からの働きかけの存在なら、不思議なことに認めるのです。顕在意識が認識できていないことを人間というものは行うことがある、ということを認める人々が、歴史の地下水脈の存在を承認できないのは、実に奇妙な矛盾でありましょう。)

日本はアジアにヨーロッパ産の光の面たる「自己に根ざした新しい精神生活」という種を蒔くために、破竹の勢いでもって地ならしを行いました。日本が地ならし役だったというのは、日本自身にはアジアに広く蒔くことのできる自前で調達できる近代精神、新しい自我精神の持ち合わせはなかったからです。日本は地ならしが済んだら、その場からたち去らねばなりませんでした。あるいは日本は小麦粉を水でこね回し、その固まりをまな板にたたきつけるパン職人でした。けれどもイースト菌は自前では培養できなかったのです。そういうわけで、後から別の地域で培養されたイースト菌が、かつては栄光に満ち文明を築きながら、その時にはすでに古びて勢いを失っていたアジアに植え込まれることになったのです。

しかし、皮肉なことにヨーロッパから広くアジアというバン生地にもたらされたのは、よいイースト菌ばかりではありませんでした。よりアジアの大地を大きく膨らませたのは別種のヨーロッパ思想、全体主義 (共産主義)という毒の混入したパン種の方でした。その毒の混入によってアジアは今なお苦しんでいます。そのあとすぐに起こる新しい事態、すなわち、東西の思想戦を戦い抜く力は日本にはありませんでした。戦後、極東地域の新たな戦争たる思想戦の舞台はアメリカの意図に反して拡大してしまいました。アメリカは日本をアジア大陸から立ち去らせるために腰がたたないくらいにぶちのめしましたが、その肝心のアメリカ自体は、すでに日本が明治末期から極東地域において思想戦をロシアと戦い始めていた事実を後になって悟ったのです。大英帝国が威勢を張っていた戦前まで、おおらかでおおざっぱな性格のアメリカ人は初めのうち、ヨーロッパと極東地域に憂慮すべき新しい世界問題が出現したことを正しく理解できておりませんでした。ですから、アメリカはこの地域でヨーロッパの植民地国家の代理人として日本と戦争しましたが、日本と戦争して成功したことが新しい失敗にも繋がったことをあとで悟ったのでした。アメリカはアジアの植民地地域においてヨーロッパにとってじゃまな日本を叩きのめすという、ヨーロッパの利己主義の代理人として付き合わされましたが、そのすぐ後に、そのヨーロッパからアメリカという国家そのものの建国精神を崩壊させかねない思想戦をいどまれるようになります。その事態の変転は、ちょうど映画の映写技術のクロスフェードのようにひとつの事件ともうひとつの事件が折り重なって終わりながら始まったのです。

アメリカは日本の極東地域における精神戦を日本になりかわって引き受けることを決意します。それは自国の建国精神を守るためでもありました。そして今もなお日本の代わりに極東で戦い続けているのでした。もし歴史の歯車、歴史の組み合わせが異なっていたら、強力な戦力を保持し続けていた日本は独自にアジアの共産主義国家群を相手に戦争しなければならなかったことでしょう。現実にはベトナム戦争を戦った主体はアメリカでしたが、もしかしたらその主体は日本自身だった可能性もあったのだということを皆様もいま一度よく考えてみるべきです。

ヨーロッパ人による世界の植民地化という人種激突の要因は半世紀前の日米対決によって一掃されました。ヨーロッパはモンロー主義者だったアメリカを世界の用心棒にしたてあげました。ヨーロッパ人の愚かさが生み出した結果がアメリカの軍事力を必要としたからです。そして今もなお世界はアメリカの軍事力を必要としています。アメリカの軍事力は、世界がアメリカの血の苦労に報いたときに、すなわち、世界の全面的な精神解放と国際協調が達成されたとき----つまり東西アジア地域の真の民主化こそが求められているのです。またそうできなければアジアは真の霊的伝統をも発揮できないままでしょう----終わりを告げます。アメリカを変える一番効果的な道は、世界がアメリカの軍事力にたよる必要のない世界を自発的に築くことです。ですがこれは唯物論的ユートピア思想によって歪んだ世界像を抱きながら「帝国主義国家アメリカと敵対し続けるべきだ」と考える勢力には永遠に達成できない課題です。なぜなら、その場合は「彼らは何ひとつ自己変革する必要はない」のですから。結局彼ら自身こそが「永遠の闘争」のために「アメリカの軍事力」を必要としているのだという奇妙な逆説状態を維持することになるでしょう。左翼勢力こそがもっともアメリカを誇大視し、ある意味、全能の神のごとき対象に仕立て上げた張本人なのです。事実、左翼人はアメリカという国家を崇拝しきっています。しかしそれでは決して世界問題は解決しないのです。われわれ普通の自由主義社会に生きる人間たちは、彼らのまき散らす誇大妄想に付き合う必要はまったくありませ ん。現実感覚を取り戻せばいいだけなのです。決して学問にふけっている人のように抽象的に世界を眺めるべきではありません。

ここ500年に及ぶ世界史を改めて眺め直してみると、人種対決という「15世紀にアジアにまかれた種」の成長の帰結と、その500年後、思想対決という「20世紀初頭に新たに世界に蒔かれた種」の発展が、ほんの半世紀前のあの時代に折り重なっていたことが分かります。

ですから、半世紀前までの日本は、「始まりの時代を異にする、新旧二つの課題に極東アジアで対峙していた」ことになるのです。

むしろ「共産主義と敵対する」という、「もう一方の新しい課題」に対しては、日本はその危機感という点では、戦前のアメリカの先を行っていたのでした。この新しい世界問題の出現に関してアメリカは、日本と戦争するまで、まったく眠り込んでいたのです。

しかし、奇妙なことに、ヨーロッパ人がアジアに蒔いた「古い世界問題」は、南北戦争を終えて本格的にアジアに登場してきて、しかもアジア大陸にたいした利権をもたなかったアメリカと日本が、激突したことによって終焉させられました。

けれども、「20世紀初頭に新たに世界に蒔かれた種」はまだアジアでは根絶されてはおりません。今、極東アジアで、それを叩きのめそうと必死になって戦っているのは、かつてその恐ろしさを真剣に意識していた「帝国憲法下の日本」ではなく、「戦前の日本の意志」を現代日本になり代わって受け継いだ、「半世紀前の日本の敵」であり、「現在の日本の盟友たるアメリカ」なのです。

現在起こっている事態は、かつてのような「人種対決」ではなく「思想対決」における後半部なのです。「もはやわれわれの敵は人種(白人)ではない」にもかかわらず、日本国内では「世界情勢が戦前とまったく変わってしまっている」ということを少しも理解しようとしない人々が、奇妙な言論活動を行い続けているのが、私には不思議でなりませんが、とはいえ、現在にいたるまで日本を含め極東地域における左翼陣営の反米宣伝には激烈なものがありましたから、人々の世界感覚、世界の眺め方がそのような妄想的発想から容易に抜け出られないのは、ある意味仕方のないことかもしれません。またこれは人々が「地上の富の奪い合いと分配問題」という話題にしか関心を示せなくなってしまったという「もうひとつの隠れた近代精神問題」、人類の唯物論者ぶりが影を落としている問題でもあります。彼らは皆、それを語ることで「自分は道徳問題について語っているんだ」と錯覚しています。これもまた解決されなければならない世界問題ですが、さしあたってここでは話題に採り上げることはいたしません。

いずれ極東地域からも「ヨーロッパ産の全体主義思想を信奉する国家群」は消え去らざるをえなくなります。この点では「世界は後戻りすることはできない」という認識は、皆様とも共有できる認識でありましょう。
 
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